これまでの軌跡:【10期03】 静かなハロウィン

 夏から3ヶ月。既に季節は秋だ。だけど、まだまだ暑い。
 この時期になるとどの国も戦争による疲れが見え始める。1年以上続く戦争で戦前の蓄えは減り、勝利で得られる利益を超えてしまっては意味がない。まして劣勢にある側は得られる利益もないのだ。それゆえ各国は戦争の終結を意識し始め、歴史は自然と最終決戦に向かい始める。
 多くの部隊が英雄戦に向けて準備を始めていた。英雄戦で最大の戦力を出し切るために、普段の遠征を停止して体調を整えている。英雄達は共に遠征をするメンバーを集め、綿密な作戦会議が行なわれていた。各国の(傭兵ではなく、戦前から存在する)英雄や将軍たちも英雄戦に向けて要塞に集まり、守備を固め始めている。
 逆に考えれば、他の場所の警備には手薄な所が生まれる。つまりそれは、何か別のたくらみを行なう者には絶好の機会と言えるだろう。私達が結界を作るに際し、これほど好都合な情況はないだろう。


 結界を構築する場合、配置するのに効果的なポイントと言うものがある。パープルさんが張った黒魔法による結界に対抗するためのものであるため、知識では知っていても黒魔法の使い手ではない私にはポイントを探すのは難しかった。
 だが幸いにもオーガはそういったポイントを見つけることが出来るようだった。原理的な説明は正しく行なえないけれど、おそらく時空間を《跳躍》するための航法能力と、ブリアティルトでの戦いの中で鍛えてきた黒魔法、更にパープルさんが前の《巡り》で結界を張っていたのを実際に観測してきた経験などから、結界を置くポイントがなんとなくわかると言うものらしい。そのため、オーガがポイントを探し出し、私が結界を作って行くという形で作業は進んでいった。


 そんな日々を送っていたある日のこと、オーガがこう言い出した。

「オーラムの街中で、時空の異常ポイントがあります。正確な座標は・・・」

 場所はアティルトの街中。3月用の結界には利用できないが、予期しない影響を与えることもあるかもしれないので無視することも危険だ。そう考えた私はそのポイントを調査することにし、その場所に向かった。
 オーガのナビゲートに従って向かった先には1軒の飲食店があった。その店の看板には『お好み焼きユイ』と書かれてあった。


 私は店の外を見て回った後、店内も調査しておくべきと判断した。店に一歩入ると、店主のグレアム氏が快活に挨拶をしてくる。

「まいど!いらっしゃい! おや、めずらしいお客さんでんな。今日はキューはんは一緒やあらへんのでっか。」

 私は適当に返事をし、豚玉を注文した。そういえば、パープルさんはここの豚玉が大好きだったわね・・・。
 他にも客がいるので、グレアム氏も私にかまいっきりということはない。グレアム氏が他のお客の方に注意を向けたあと、私はお店の中に何か異常がないかと思い、あちこちと目や耳を向けみた。
 一見する限り異常はなさそうだ。お客達の顔には笑顔が絶えない。鉄板で何かを焼く音や取り留めない会話が聞こえ、ソースが焼ける美味しそうな香りが鼻をくすぐる。普段の遠征に疲れた人たちに安らぎを与える、平和で居心地の良い場所だ。
 店の中を観察する私の動きに気付いたのか、グレアム氏は再び私に声をかけてきた。

「どないされはりました。そんなにきょろきょろしはっても、パープルはんはおりまへんで。そういえば、最近パープルはんの調子はどないでっか。1年前に突然消えてしまいはってから、さっぱり来てくれまへんので、心配ですわ。」
「えっ?パープルさん、1年前にこの店に来たんですか?」
「ええ。あれは、去年のハロウィンのときでしたなぁ・・・」

 グレアム氏の言葉は続いていたが、私はその先のことは聞いていなかった。考えることに夢中になっていたのだ。
 この店・・・オーガが感知した時空の異常・・・そしてハロウィン・・・。しばらくして、私の思考は1つの可能性に辿り着いた。


 色々と悩んでみたが、グレアム氏にあまりご迷惑はかけられないと判断し、結局こっそりと行うことにした。こっそりやっていること事態がご迷惑ではないかと言われそうだれど。
 私はグレアム氏のお店を中心に結界を張ることにした。この結界は例の(1000年3月用の)それではなく、別の目的のための結界だ。やれやれ、結界を作るためにまた資金が・・・。しかしこれは必要な投資。それどころか、3月の結界よりもはるかに重要なものだ。

 この世界では998年のハロウィンは盛大に催される。しかし999年のハロウィンはあまり盛り上がらず静かだ。998年にはまだ祭りを楽しむ余裕があるけれど、戦争が終わりに近づく999年にはその余裕がないのだ。英雄戦前で忙しいということも影響が大きい。
 ハロウィンには、イタズラ好きな精霊や妖精、小悪魔、魔女などが徘徊すると言ういわれがあり、祭りを楽しむ人たちがそういう仮装をすることは有名だ。そして、「小悪魔」「魔女」「イタズラ好き」・・・どれもパープルさんには関係するキーワードではないだろうか。それにパープルさんはいつもハロウィンを楽しんでいた。

 私が思い至った可能性と言うのは次のようなものだった。
 ハロウィンという時間的な(暦的な)条件、それを楽しむ人々のエネルギー、そしてグレアムさんのお店の豚玉。そういった条件が揃う事で本来この時空間に居ないはずの彼女をハロウィンのアティルトに呼び寄せたのではないだろうか。そして今、次のハロウィンが目前に迫り、暦の条件は揃いつつある。豚玉はすでに揃っている。(誰かしら注文をしているはずだろう。)足りないのは人々のエネルギーだ。
 私は足りない分を補うために、結界を張ることにした。人々のエネルギーがない分、暦と豚玉の分を押しあげるのだ。「増加」の結界を張ったことはないけれど、幸い私は白魔法は得意なほうだ。


 結界を張ってから数日が経ち、ハロウィンの日が来た。私は前日から一人で結界の近くの物影で張り込むことにした。オーガにもいて欲しかったけれど、身長5mの体を隠す物陰はないので諦めることにしたのだ。(通行の邪魔ということで、街中に入ると罰金を受けてしまうし。)
 何事も起きずに日が沈んで数時間後、失敗だったかと落胆し始めた私の目の前で空間が揺らぎ始めた。そして2つの人影が現れる。その2つの人影をじっと見つめていると少しづつ顔などが見えるようになった。
 そのうちの1人はパープルさんだった。頭には角、背中にはコウモリ羽、お尻には尻尾。ハロウィンの仮装をしているようだ。
 もう1人は知らない人物だけどどこかで見たような気もする感じだ・・・。ああ、私だ。私に雰囲気が似ている。ま、まさか、別時空の私?まずいわね。もし別時空の私との遭遇をしてしまったら、時空間の乱れがますます絡まりあってしまう。

 そのとき、オーガから通信が入った。

「2つの個体の《跳躍》を感知しました。1つはアンネローゼです。もう1人は識別不能ですね。」

 たしか、アンネローゼというのは、私が消失したと判断されて生み出された、次の私だったかしら。なるほど、雰囲気が似ているのはそのためか。別時空の私でないのなら、少し安心ね。
 ともかく、物陰に隠れている理由はないと判断し、私は声を掛けつつその二人の前に出ていった。

「そこにいるのは、パープルさんなの?」
「くくく。その名前を聞くのは、随分久しぶりね。それに、その声も懐かしいわ。ねえロッテ。私達はあなたをずっと探していたのよ。出会えて嬉しいわ。こっちに来てよ。ねえ。」

 返事をした相手の声はまちがいなくパープルさんのようだった。しかし、何か雰囲気がちがうようだ。とても禍々しい雰囲気がある。


 私はとっさに後ずさり、護衛バーサーカーを召還した。と言ってもパープルさんの得意技は範囲催眠攻撃。バーサーカーでは防げない。

「あらら。なるほど、やっぱりばれたわね。さすが親友ね。まあ、仕方ないわね。」

と、パープルさんはおどけた口調で言った。パープルさんの口元は笑っていたが、目は怪しい雰囲気だ。その赤い目が夜の暗闇の中でらんらんと輝いていた。きれいな赤い目。ルビーのような真っ赤な輝きだ。・・・いけない。これは、催眠魔法をかけようとしているんだ。

「あらら、おとなしく眠ってくれればいいのに、仕方ないわね。アンネローゼ、やっちゃいましょう。でも捕まえるだけよ。」

・・・まずい、このままでは。オーガに緊急通信を送りつつ、私は時間稼ぎを試みる。

「ばれた。ってなんのことですか?あなた、パープルさんじゃないの?」
「まあパープルよ。パープル(改)と言ったほうが良いかしらね。」
「(改)ってどういう意味?パープルさんに何をしたの?」
「別に何もしていないわ。パープルが時空の狭間に引っかかって困っていたから、助けてあげる代わりに取引したのよ。無理に私を封じるのは止めなさいってね。私の封印が弱まれば、この世界に来れる程度の力は発揮できたしね。」
「ということは、あなたはパープルさんを騙して体を乗っ取ったとか言う・・・」
「まあそうね。その悪魔さんですよ。でも今回は騙してはいないわよ。このブリアティルトにいる限り、私程度の力では世界に災厄を与えるようなことはないのだし、解放しても大丈夫でしょうって、時間をかけて説得したら、パープルも納得してくれたしね。」
「パープルさんは、どうなったの?」
「私と完全に融合してニューパープルになったわ。解放してくれたお礼に、支配ではなく融合してあげたのよ。だから、あなたを見つけることが出来て本当に嬉しいわ。パープルはあなたずっとを探していた。だから、今こうして目の前に居てくれて本当に嬉しいのよ。そしてパープルに取って嬉しいことは私にとっても嬉しい。その逆も同じ。私達はそういう関係になったのよ。」


 おいおいおい。パープルさん、なんてことをやらかしているの・・・。

「やらずに後悔するよりも、やらかして後悔した方がマシじゃない?」

 そういいつつ、悪魔はくすくすと笑った。まさか、私の心のうちを読み取ったの!

「でね。パープル的には、ロッテといっしょにまたいっしょに部隊を組んだり、グレアムさんの豚玉食べたり、なんやかんや楽しくやらかしたいわけなの。だからね、おとなしく私に支配されちゃってよ。」
「な、なんやかんやって。」
「なんやかんやは、なんやかんやよ。」

 と言いつつ、悪魔はまたしても赤い目を輝かせ始めた。だめだ、アレを見ていてはだめだ。だけど、意識が・・・。


「女神様、邪悪な力を退けるために、仲間達に力を」

 その声を聞いて、はっと我に返った。今のはキューちゃんの声。女神サイディールの祝福を願うときの詠唱だ。

 オーガとキューちゃんが駆けつけてくれていた。オーガはアンネローゼと対峙している。バーサーカー同士で能力も互角のため、お互いに間合いを計っているようだ。
 一方、キューちゃんと悪魔の方は・・・。あ、キューちゃんの女神の矢が悪魔に打ち込まれて、あっさり勝負がついている。幻影(トークン)を出しても離脱がないから、弓の秘技で一緒に吹き飛ばされているのは、あいかわらずね・・・。

「シャルロッテさん、大丈夫?」
「ええ、ありがとう、キューちゃん。私は大丈夫なのでオーガの加勢に。」
「了解ですよー。まかせといてー。」


 夜が空ける前に、私達は「ロッテにまかせた」の宿舎に戻っていた。

「アンネローゼの診断プログラムを起動したのですが、エラーがものすごく出てきます。おそらく、パープルさんと同様に、悪魔の影響を受けて異常を起こしていると推測されます。ウィルスとかワームのようなものでアンネローゼの人格プログラムを侵されている状態ですね。」

 オーガの報告を聞いて、ため息をつくしかなかった。さて、どうしたものかしら?

「私ではこれ以上の分析はできませんし、修復することもできません。それに、これ以上接続していると私も影響を受けてしまいかねません。これまでに3回ほどウィルスが侵入を試みてきました。完全に修復するには母港に戻るのが一番です。」
「でも、どうやって?」
「アンネローゼは私より新型なので、《跳躍》機能が優れているんですよ。それと母港に戻るだけなら、緊急避難プログラムを起動するだけでよいですし。」
「でも、大丈夫かしら?バーサーカーの社会が全部悪魔に乗っ取られ・・・なんてことは?」
「似たような侵略は過去に何度か経験しています。あらかじめ、現状を報告してから送り出せば、前もって準備もできます。少なくとも私とキューちゃんで対処できたことが、母港で出来ないはずがありません。大丈夫です。」
「3月まで残り半年。牢に閉じ込めて置くこともできないし、気絶から回復すればまた面倒なことになりそうだし。オーガの提案が一番良さそうね。」

 こうして私達は、思いもよらぬ形でパープルさんたちを回収し、送り返すことができた。
 あとは、私達が無事に戻れるように頑張らなくては。